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もう一つの真実・・・

歴史の断片(随時更新)









9月の歴史の断片
01 無残、戒厳令下の朝鮮人狩り・・・ 関東大震災。
05 日露戦争 辛勝。国粋主義者らが「屈辱の講和」と騒乱を煽動。
08 日本、「対日講和条約」に調印。連合国は日本への賠償権を放棄。
13 「風と共に去りぬ」、独立した日本で初公開。戦時には軍が密かに・・・
18 幕末のキリシタン弾圧で100人を超す殉教者。
8月の歴史の断片
01 明治政府、朝鮮の内乱に乗じて清国に宣戦布告。
06 午前8時15分、軍都 広島消滅・・・
10 長崎に2発目の原爆。帝国政府、中立国のスイスを介して抗議・・・
15 敗戦。焼跡の霞ヶ関界隈に立ちのぼった公文書焼却の煙・・・。
22 日本降伏から7日目に発令された停戦命令。一触即発の危機も・・・
27 蟹工船の漁夫労働者8人が暴行死、警察は事実を隠蔽・・・。
7月の歴史の断片
01 武力を保持しない平和憲法の下に自衛隊が発足。
07 日中全面戦争に・・・、「撃ったら撃ち返せ」と連隊長が独断命令。
09 浅間山、未曾有の大噴火。天明の大飢饉を招く。
10 「女工哀史」刊行。隷属的な女子労働者の実態を告発。
13 靖国神社、みたままつりで鎮霊社を創建。のちに物議が・・・
16 アメリカ、史上初の原爆実験に成功。日本の命運定まる・・・
20 月面着陸、あらゆる困難を克服した人類史上初の壮挙。
23 海上自衛隊の潜水艦、民間船に衝突。隊員は救助せずに傍観・・・
25 仏印進駐の日本に、アメリカが在米資産凍結の制裁。
27 勝利者なき朝鮮戦争、休戦協定の調印で一応の終止符。
28 対日降伏勧告のポツダム宣言。政府は黙殺、新聞は一笑に・・・
29 作戦行動中の米空母フォレスタルで誘爆。132人死亡の惨事に・・・
30 日本軍の重慶・無差別爆撃、米大使館に至近弾。米砲艦が損傷・・・
31 姑息な明治政府。日露講和に動きながらロシアの樺太を占領。
6月の歴史の断片
01 第一次大戦下の捕虜収容所にこだました本邦初の「第九」。
05 気宇壮大でありすぎたミッドウェイ作戦、主力機動部隊全滅。
06 12カ国の総兵力300万。史上最大の反撃作戦ノルマンディー。
10 無差別爆撃の先例を歴史に刻んだ日本・・・。
11 アメリカで世界初のFM実験放送。普及には様々な障壁が・・・
14 快進撃のドイツ軍、パリに無血入城。日本は仏印侵攻へ・・・
18 下級兵士の宿怨が爆発、復員船で上官に集団暴行。
27 沖縄・久米島の守備隊、島民多数をスパイとみなして殺害。
29 日本、先進国に続けとオリンピックに初参加。結果は惨憺・・・
5月の歴史の断片
01 血のメーデー、安保条約付きの講和に民衆の怒りが暴発・・・
08 ドイツの無条件降伏に連合国陣営は歓呼のるつぼ。
17 九州帝国大医学部、米兵捕虜8人を生体解剖。
22 明治政府、初の海外出兵。台湾西南部に奇襲上陸。
26 初代アメリカ総領事のハリス、幕府を説き伏せ「下田条約」を・・・

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162年前・・・1856(安政3年) 9月18日
幕末のキリシタン弾圧で100人を超す殉教者。

 今年の2018年6月30日、長崎の教会群が二度目の申請でユネスコの世界遺産に登録された。最初は、キリシタン弾圧の負の歴史の触れていないことを理由に却下された。文化庁はこれを見直して再申請し、登録に漕ぎ着けた、というわけである。

 3年前、文化庁は、中国の「南京虐殺文書」が世界記憶遺産に登録されたことや、「慰安婦強制連行」が記憶遺産に申請されたことに抗議して、ユネスコへの分担金(38億5千万円)の支払いを拒否してきた。

 その文化庁が、300年以上にも渡るキリシタン弾圧の負の歴史を暗に隠して、長崎の教会群を世界遺産に申請していたのだから、何とも浅ましい・・・。一方で、経済効果とやらの思惑で、目先を構わずに先走るのが日本の常である。

 さて、162年前のこの日、時は幕末(ペリーの来航から3年)、長崎奉行は、浦上村山里(長崎市)でキリシタンの大粛清を始めた。きっかけは密告である。この地のキリシタンは、関白秀吉によるキリスト教の禁令と迫害の時代から、先祖代々、篤い信仰を守り受け継いできた。また、他藩から逃れてきたキリシタン武士らは、浦上を安住の地として、帰農する者も多くにのぼった。

 キリシタンの大粛清は世にいう「浦上崩れ」と呼ばれ、今回はその三番目で「浦上三番崩れ」として歴史に刻まれた。

 粛清から逃れた一人、帳方の吉蔵は五島で捕縛されて獄死。また、佐賀藩士である茂十は、キリシタンからマリア像のメダルを預かったとして拷問死するなど、「浦上三番崩れ」でキリシタンの隠れ組織は壊滅に追い込まれ、棄教を拒み続けて殉教した宣教師とキリシタンは100余名にも及んだ。

 それから12年後、薩長が主導する新政府が幕府を倒して時代は変わった。しかし、新政府のキリシタン弾圧政策は、そのまま引き継がれ、明治2年12月、浦上で3000人以上のキリシタンが流刑に処せられ、660人が殉教した。これを「浦上四番崩れ」という。
 目先の近代化だけを推し進める明治政府が、諸外国からの激しい抗議をうけて、渋々キリスト教の禁制を解き、キリシタンの弾圧を停止したのは、それから4年後の明治6年のことである。
この日にはこんな出来事も・・・

◉87年前・・・1931(昭和6年) 9月18日
関東軍の陰謀と暴走が引き起こした満州事変。

 日本が国際社会から孤立するきっかけとなった満州事変。首謀者は、関東軍参謀の板垣征四郎大佐(46)と石原莞爾中佐(42)の二人。南満州鉄道の爆破を中国軍の仕業と見せかけて、報復だ、と言わんばかりに満州全土の侵攻を強引に押し進めたのである。

 当時の若槻(わかつき)内閣は、事件の不拡大を決めたものの、関東軍はこれを無視。それを政府が追認する形となり、翌年、傀儡国家「満州」の建国となった。これによって国際批判を浴びた日本は、昭和8年、常任理事国の地位を棒に振って国際連盟を脱退。

 そうした経緯の背景には、満州事変を支持して煽り立てた新聞報道と、国民の熱狂する姿があった。戦後、板垣はA級戦犯で絞首刑、石原は戦犯訴追を免れた。その理由は、石原自身の変節によって、中国の拡大方針を掲げる東條英機と対立したことが、GHQの印象を良くした、とされている

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