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もう一つの真実・・・

歴史の断片(随時更新)


◉73年前・・・1945(昭和20年) 4月12日
対独戦の勝利を目前に、
ルーズベルト大統領 死去。

 4期目の大統領として、銃後の国民には範を示し、対独戦においては、連合国の結束を見事な統率力で率いたフランクリン・ルーズベルト大統領(63)が、この12日の午後3時35分、ウォームスプリングスの自邸で死去した。

 それは、予期せぬ突然のことだった。外交文書に目を通しながら、肖像画家の注文に気さくに応じていた大統領が、昼食後に頭痛を訴えて意識を失ったのである。すぐに医師が駆けつけて救命処置に当ったが、蘇生はならなかった。

 訃報は、ワシントンの大統領夫人に、そして、トル
ーマン副大統領に告げられた。通信社の情報をラジオが番組を中断して報じたのは午後5時過ぎであった。
  この日のニューヨーク・フィルハーモニーの演奏会は急遽中止となり、ロンドンのバッキンガム宮殿は、王室ではない大統領の死を異例の早さで伝え、ソビエトのクレムリンでは、 星条旗の反旗が掲げられた。

 翌日のニューヨーク・タイムズは、「大統領は戦場の英雄として死んだ。文字通りアメリカ国民のため 一身をささげたからである・・・」と評した。

 また、東京放送(NHK)は、就任して間もない鈴木貫太郎首相の声明を引用して連合国側を驚かせた。 「大統領の統率は実に有効であり、それが今日の立場を築いたことは認めなくてはならない、米国民の損失は容易に理解できる。深甚な哀悼の意を表すものである・・・」と放送した。

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この日にはこんな出来事も・・・

◉57年前・・・1961(昭和36年) 4月12日
ソ連のユーリン・ガガリーン(27)、
人類史上初の宇宙飛行。

 米ソ冷戦の只中、このビッグニュースは世界を駆け巡った。しかし、アメリカにとっては屈辱そのものであった。それは、宇宙開発で、ことごとくソ連の後塵を拝してきたからである。

 ガガリーンは、地球を一周する2時間弱の宇宙飛行を終えて無事帰還、一躍、世界のヒーローとなった。それが、共産主義国家の偉大さを誇示するプロパガンダの広告塔にさせられたことが、ガガーリンを精神的に追い詰めた。

 この快挙から7年後の3月27日、ミグ戦闘機の飛行訓練中に墜落して、34歳の若すぎる生涯を終えた。

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