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もう一つの真実・・・

歴史の断片(随時更新)


83年前・・・1935(昭和10年) 6月11日
アメリカで世界初のFM実験放送。普及には様々な障壁が・・・

 この11日、エンパイヤーステートビル85階の送信アンテナから、 FM放送の実験電波が世界で初めて発信された。

 実験を行ったのは、コロムビア大学のエドウィン・アームストロング教授(45)で、2年前にFMの特許を取得。それまでに、スーパ
ーヘロダイン方式(電波の混信を最小にした変換受信方式)を始め、数々の特許をものにしてきた電子工学の第一人者である。

 周波数変調方式によるFMは、AMに比べて格段に雑音が少なく、音の良いことは理論的に解っていた。しかし、 AM全盛の時代に、FMに関心を示す企業は少なく、また、FMの利点を暗に否定する動きが、業界の中にはあったのである。それでも、 RCAの協力をバックにこの日の実験放送にこぎ着け、実験は4ヶ月に渡って行われた。

 そして、2年後の7月には、レコードの再生を、AMとFMそれぞれの電波で送信する公開実験を行い、FMの音の優位を誰にでも分かる方法で実証したのである。しかし、FMの実用化には多くの難題が壁として立ちはだかった。

 ひとつは、アームストロング教授自身が、RCAなどとの特許訴訟に巻き込まれたことである。そのため経済的に破綻し、1954年1月、63歳でみずから命を絶った。その後、未亡人のマリオンが特許裁判を引継いで勝訴。RCAとも和解した。

 アメリカがFM大国となるのは、 教授の死から5年のちのことである。さらに、ゼネラル・エレクトリックが、FMのステレオ化を実現し、規格が統一されると、瞬く間に、数百のFMステレオ放送局が全米に誕生した。

 なお、日本でFMの実験放送がスタートしたのは1957年、ステレオ放送がスタートしたのは、 6年後のクリスマス・イブのことであった。

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この日にはこんな出来事も・・・

◉153年前・・・1983(昭和58年) 6月11日
ホロヴィッツ来日の狂騒。

 幻の巨匠、20世紀最後のヴィルトゥオーゾと評されたピアニストのウラディミール・ホロヴィッツ(80)が初来日。そのチケット(1万から5万円)は、受付けから数時間で完売するほどの盛況ぶり。

 そして迎えたこの日、NHKホールを埋めた聴衆の前に、その姿を現したホロヴィッツの体調は勝れなかった。風邪気味であったといわれている。

 それでも、聴衆の一人として巨匠の演奏に接したピアニストの中村紘子女史は「素晴らしい演奏でした」と心酔した様子で賞賛。

 一方、辛口の音楽評論家として、ホロヴィッツを正当に高く評価してきた吉田秀和(70)は、「ひび割れた骨董品」と一言。これを気にしたホロヴィッツは、2年後に再公演を果たした。

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