アンサンブルステレオ &
セパレートステレオ #2

1966〜1975 成熟消費社会、Oh! モーレツ、
混沌、そしてバブルへ・・・。
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#1 / 1959〜1964 * #2 / 1965〜1975 


サンスイ・セパレートステレオAPS-500
1965(昭和40年) 山水電気 APS-530 (価格不明)
一世を風靡した格子のフロントグリルをセパレート型に初めて採用したサンスイの高品位モデル。
 家電メーカーの3点式セットと比べて何よりも正攻法でつくられていた。はったり的なセールスポイントがないところに信頼感がある。アンプは三極管6RA8PP使用のレシーバーとして好評を博したモデル。ベルトドライブのターンテーブルとMCカートリッジ。音の出口は、25cmウーファーをベースにした4ウェイという本格派。
■成熟社会のなかで、全国の映画館入場者数が戦後最盛期の33%に急減。客を呼べる邦画は、東映やくざ映画とピンク映画だけ。 ■アメリカのアイビーリーグ・ファンションを日本に持ち込んだ石津謙介の「VAN」が急成長。これが日本男子のおしゃれを変えた。
黒澤明の「用心棒」を盗作したとして物議を醸した「マカロニ・ウェスタン」の第一作。その名付け親は、あの淀川長治氏。音楽はエンニオ・モリコーネ。主演は、35歳のクリント・イーストウッド。 イタリア映画の出稼ぎ稼業を経て、ハリウッドに返り咲き、アカデミ
ー賞監督の栄誉を掴んだ偉大なる人。


コンサートジュニアST-55
1966(昭和41年) 大阪音響(ONKYO) コンサートジュニア ST-55 ¥21,500
「暮らしの手帳」が2万円台のステレオ商品テストで、オンキョウをベストワンに選出。
 大阪電気音響(現オンキョー)は、ソニーやトリオ(現JVCケンウッド)と同じ、終戦の翌年1946年の設立。中でも高度成長期に開発されて評判となったのが特許技術によるノンプレスコーンのフルレンジユニットは、同社のラジオやアンサンブルステレオなどに搭載されて音の良さを広くアピールした。 このモデルにも同種の16cmユニットが使われ、ドライブアンプは、出力3.5W×2のオールトランジスター。カートリッジはごくありふれたクリスタル型。これが「暮らしの手帳」の商品テストでベストワンに選出されて大ヒット。競合他社を驚愕させた。


ビクター・アンサンブルステレオSTL-740MG
1966(昭和41年) 日本ビクター(JVC) STL-740MG ¥122,000
フロントパネルを好みのアートに交換できるアイデアは異色。
 異色というよりは、アイデアを出し尽くした末の苦肉の策といったほうがいい。でも箱のつくりは立派。果たして、どんな人が購入するのかと思ったら、あの『芸術は爆発だ!』のTVCMで、そのキャラクターが受けた画家で彫刻家の岡本太郎氏のアトリエで使われていた。
■6月/ビートルズ来日。1回のステージはたったの35分。3日間の公演でビートルズが手にしギャラは9千万円超。会場の武道館と周辺の警備には、連日6千人の警察官が動員された。■9月/実存主義の旗手サルトル来日、講演会の定員2,000人に40,000人が応募。その知的リベラル派も、現代においてはガラパゴスと化した。■10月/淀川長治氏解説の「日曜洋画劇場」がスタート。第一回はエヴァ・ガードナー主演の「裸の伯爵夫人」
引退が噂されていたフランク・シナトラ(51)。 「夜のストレンジャー」のヒットとグラミー賞の受賞で、健在ぶりを世界のファンにアピール。


ビクター・アンサンブルステレオSTL-690M
1967(昭和42年) 日本ビクター(JVC) STL-690M ¥79,900
最新の技術をバランス良く取り込んだ日本ビクター最後のアンサンブルステレオ。
 ステレオの流れは、すでに本格的なコンポーネントの時代を迎え、ビクター自身も、国産ではトップクラスと評価されたトランジスターのセパレートアンプをはじめ、生演奏とのすり替え実験に使用した大型スピーカー、それに球形の無指向性スピーカーなど、独自の製品をラインナップして、新たなマニア層の関心を大いに惹きつけていた。
 それでも、あえてこの製品を出した背景には、やはり、老舗日本ビクターのこだわりがあったのであろう。そうした意味で、デザインの好みを別にすれば、大変に良くまとまっていた。
■4月/東京に初の革新都政誕生。新都知事はマルクス経済学者の美濃部亮吉(63)。高度経済成長一本槍の自民党と、 3期12年に渡って対峙した。■10月/ミニスカートの女王、ツイッギー(18)来日。イギリスのマリー・クワントが創案したミニスカートを世界に広めたのがツイッギー。この来日を機に、日本でもミニスカート姿が街々を闊歩。
20世紀を代表する伝説のミュージシャン、ルイ・アームストロングが歌った「What a Wonderful World (この素晴らしき世界)」。今も世界のどこかで聴かれる名曲。


オンキョー・セパレートステレオMC2200
1968(昭和43年) 大阪音響(ONKYO) MC2200 ¥136,000
ブームに火を付けた業界初のマルチアンプ方式・セパレートステレオ。
 金に糸目を付けないディープなマニアが実践していたマルチアンプ。一般のアンプで低音と中・高音のスピーカを鳴らすには、コイルとコンデンサーで、各スピーカーの受持ち帯域を分けてやる必要があった。しかし、コイルとコンデンサーは、抵抗素子として音を劣化させる、というわけで、電子式のチャンネル・デバイダーで帯域を分け、低音と中・高音をそれぞれ専用のアンプで鳴らすのが、理想の方式とされた。
 これをセパレートステレオに最初に採り入れたのがONKYOで、広告コピーの「アンプが4台」のキャッチコピーが受けて、たちまちヒット。競合他社を巻き込んで、マルチアンプのブームに火をつけたのである。
■10月/日本人初のノーベル文学賞受賞に川端康成(69)。なお、国税庁は賞金に課税しないことを決定。■10月/流血の国際反戦デー。新宿東口広場に集結した1万人超の学生と市民が「民衆の勝利」を掲げて機動隊と激突。警視庁は騒乱罪を適用してこれを鎮圧した。■12月/三億円強奪事件。東京府中市東芝工場のボーナス支給日を狙った犯行。警察の威信を賭けた大捜査陣は、犯人を特定できないままに17年後の時効成立で解散
難解だと議論をよんだ「2001年宇宙の旅」。それでも、冒頭シーンの描写は鮮烈。音楽は、R・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」。そして、その後のSF映画を根本から変えた。

テクニクス・セパレートステレオSC-1601969(昭和44年) 松下電器(PANASONIC) Technics SC-160(価格不明)
「Technics」のブランドを冠したマルチアンプ方式のセパレートステレオ。
 「Technics」は、家電王・松下電器の高級コンポーネントブランドの総称として1965年に誕生。そのブランドをあえて、このセパレートステレオに冠したところに、松下電器の並々ならぬ自負が感じられた。
 見ての通り、マニアも唸る手の込んだ作りで、マルチセルラホーンによる3ウェイのスピーカー部は、マルチアンプ方式でドライブされ、レコード再生には、半導体カートリッジなるものが使われていた。

■1月/東大紛争最大の山場「安田砦の攻防戦」。1万発の催眠弾が打ち込まれた安田講堂は廃墟と化した。■コント55号の公開テレビ番組「裏番組をブットばせ」(日テレ)が槍玉に。問題はお座敷遊びの野球拳。ゲスト歌手がジャンケンに負けると服を1枚ずつ脱ぎ、それをセリにかけるというもの。中には下着をセリ落としたアッパレな中学生もいた。

クラブシンガーとして異才を放っていたバーブラ・ストライザンド。声域の広さ、抜群の歌唱力、ステージ度胸。そのバーブラの映画デビュー第ー作「ファニーガール」の挿入歌「ピープル」。アカデミー賞主演女優賞をも見事に射止めた。


パイオニア・セパレートステレオS-86
1970(昭和45年) パイオニア S-88 ¥139,000
業界初のマイクミキシングアンプ搭載で、ステレオの楽しみ方を広げた。
 別売のマイクを加えれば、「好きな歌手とのデュエットや英会話の練習、さらにはホームパーティーに」との触れ込みで登場。スピーカー部はオーソドックスな3ウェイ。スピーカーの駆動方式はマルチアンプ。プレーヤーはフルオートと、当世流行の技術を満遍なく取り入れたつくりは手慣れたもの。

■3月/77カ国が参加した大阪万国博開幕、列島にこだました三波春夫の「世界の国からこんには」 ■11月/作家・三島由紀夫(45)、私設軍隊「楯の会」の隊員らと市ヶ谷の自衛隊総監部に乱入。集まった自衛官たちを前に「諸君は国のために死ぬる覚悟はあるか」とクーデターの決起を喚起。それが聞き届くはずもなく、三島美学をもって切腹。
ロック主流のミュージック・シーンに異変。カーペンターズの「Close to You (遙かなる影)が全米ヒットチャート1位のミリオンセラー。さらに、グラミー賞の最優秀賞新人賞受賞と最優秀ボーカル・グループ賞を受賞。

サンスイ・4チャンネルステレオQ-2000
1971(昭和46年) 山水電気 Q-2000(価格不明)
4チャンネルブームを先導してきたサンスイ最後のセパレート型。
 1970年、サンスイが国内で初めて発売したクフォードフォニック・シンセサイザー「QS-1」に端を発して火がついた4チャンネル・ブーム。サンスイに次いで日本ビクターとソニーが個々に新規格を旗揚げ。市場はメーカーの思惑が絡んで混戦状態。この狂騒のなかで、サンスイはセパレート型の撤退を決めた。 「価格競争に巻き込まれては、良質な製品をつくれない」というのがサンスイの方針であったようだ。ということで「Q-2000」は最後のモデルとなった。

■7月/マクドナル1号店が銀座三越に出店。販売員の大半がマニュアル特訓を受けた英語の話せる帰国子女。■7月/自衛隊機が全日空機に接触し空中爆発。全日空の乗客乗員162人全員死亡。原因は自衛隊機が民間航空路に侵入したこと。空自の杜撰な飛行計画が露わになった。■12月/世界のクロサワ自殺未遂。日米合作の大作「トラ・トラ・トラ」の監督解任、新作「どですかでん」の不入りが遠因とされる。
革命前夜のロシア、ユダヤ人一家の人生行路「屋根の上のバイオリン弾き」。監督、キャスティング、カメラ、音楽、振り付け、そのすべてが見事。帝劇ロングラン公演の和製ミュージカルとは隔絶の感。


1972(昭和47年) 
■2月/札幌オリンピックで人気を独占したアメリカ女子フィギュアスケートのジャネ
ット・リン選手(19)。 フリーの演技で尻もちをつきながらもジャネット・スマイルで銅メダル。■2月/日本中が固唾を呑んで見守った浅間山荘・人質救出作戦。28日、警察の突撃隊が山荘に突入し、人質の牟田靖子(31)さんを10日ぶりに無事救出。

「あまい囁き」。ダリダの歌と、アラン・ドロンの即妙な言葉の掛け合い。フレンチ・ボサノバといった赴きで、その響きが心地よい。

1973(昭和48年)
■2月/美空ひばり公演、各地でボイコット。原因は一緒に出演するひばりの弟、かとう哲也と暴力団の黒い関係。ひばりは、この騒動で紅白歌合戦の出場を見送りNHKと決別。■10月/オイルショック・パニック。 石油メジャーのエクソンとシェルが、原油30%の値上げを日本に通告。その煽りで主婦がトイレットペーパーの買いだめに殺到。
芸達者な黒人スター、サミー・デイビス・ジュニア。そのサミーを起用したサントリーウイスキー「ホワイト」のTVCMが、 カンヌCM国際映画祭で日本初のグランプリ。それを記念したノベルティレコード。

ビクター・4チャンネルステレオDF-11DX
1974(昭和49年) 日本ビクター(JVC) DF-11DX ¥209,000
4チャンネルの人気巻き返しをはかって発売した最後のセパレート型。
 ディスクリート4チャンネル(CD-4)の推進を最後まで諦めず、復活に期待を賭けた日本ビクター。しかし、規格の統一がはかられなかったことと、1チャンネル当りのクオリティーが2チャンネルに劣る、という認識がユーザーに広まり、結局、市場の支持を取り戻すことが出来ないままに、4チャンネルは幕を引いた。

■3月/敗戦を知らずにフィリピンのルバング島に残留していた陸軍の小野田寛郎少尉(51)が29年ぶりに帰還。その間、ルバング島の島民30人余りを殺害。これに対し日本政府はフィリピン政府に3億円を拠出。後に小野田氏は私費で、同島に2万ドルを贈与した。■8月/丸の内オフィス街で白昼の爆弾テロ。標的にされたのは三菱重工本社。昼食時とあって通りは修羅場と化し、死者8人、重軽傷者376人を出すの惨事となった。
ユーロビジョン・ソングコンテストで、ABBAに優勝をさらわれたオリビア・ニュートン・ジョン。それが「愛の告白」でグラミー賞、翌年の「そよ風の誘惑」も大ヒット。


ビクター・コンポーネントステレオFF-700
1975(昭和50年) 日本ビクター(JVC) FF-700 ¥230,000
バックロードホーンのスピーカーに、トップ操作の薄型レシーバーアンプと
プレーヤーを組み合わせたセットステレオ。

 この時代、オーディオ市場は目まぐるしく変化した。家電メーカーは、こぞってオーディオブランドを掲げて市場に参入。年率20%もの勢いでで国内市場を拡大し、1兆円産業の冠をいただいた。そして、市場はコンポーネント一色に染まり、セット物といわれたセパレートステレオやモジュラーステレオは、姿を消していった。
 そうした中、唯一セット物として登場したのが、日本ビクターの「FF-700」であった。もちろん、部屋に合わせてセ
ッティングは自由なのだが、写真のように、横一列に並べた時の佇まいが実にいい。音もバックロードーホーンの変な癖がなく、驚くほどに上手くコントロールされていた。ユニットは、20cmウーファーとコーンツイターの2ウェイ。
■4月/サイゴン陥落。前年、ニクソン大統領がウォーター事件で辞任。そのため南ベトナムへの追加支援が宙に浮いた。一方、ソ連の支援を受ける北ベトナムは、パリ和平協定を破り、30日にサイゴンを征圧。■10/昭和天皇、皇室史上初のアメリカ公式訪問。普段は日本に無関心のアメリカ・メディアも大々的に報じた。
’72年に結成のABBA。’74年ユーロビジョン・ソングコンテストで優勝。あれよあれよという間にスター街道を駆け上がり、’75年の「SOS」、 翌年の「ダンシング・クィーン」で人気と実力を不動にした。



DEMO RECORDステレオの時代をさかのぼるとき、
アンサンブルステレオと呼ばれたステレオ電蓄を見過ごすことができない。
いずれも経済復興と成長の過程で多種多様のモデルが、アイデアと豪華さを競った。
知っている人には懐かしく、初めての人には新たな発見である。

写真はビクターのアンサンブルステレオを買うと付いてきた池田圭解説のステレオ・デモレコード。 
 内容は、クラシックの名曲抜粋と日本の祭り、SLの走る音の風景などで構成されていた。


 ところで、このアンサンブルステレオを現代の視点で眺めみると、スピーカーとアンプ、それに振動にめっぽう弱いプレーヤーを一つの箱にコンソールした設計で、良質な音とステレオ感が得られるはずがいない、と疑問に思う向きもあろう。しかし当時としては、高級ラジオなどと比べても一線を画す音の良さで、箱鳴りを利用した「ボンボン」と響くように鳴る低音も、残響のない日本の家屋構造には、むしろ理にかなった音づくりであった。ステレオ効果においては制約もあったが、モノラルとステレオが混在していた時代だけに、聴き手のほうが、より敏感に、まるでマジックのようなステレオの音の広がりを感じとっていたのである。
 勿論、アンサンブルステレオの最大の弱点はプレーヤーにあった。プレーヤーをスプリングで浮かしたところで、スピーカーの振動はもろにピックアップに伝わる。FM放送が普及しだすとその弱点がもろに出た。手持ちのレコードと同じものがFMで放送されると、その音の良さに驚く。そして放送されたものと同じレコードに針をおろすして鳴る音に失望して落胆する。こうした体験を持つ人が多くなるにつれ、アンサンブルステレオは急速に支持を失った
 技術は常に新しいものに代替されるのは、いたしかたないとしても、天然木を惜しみなく使い、美しく仕上げられたアンサンブルステレオは、戦後昭和のささやかな精神的豊かさを象徴していた。それだけに、弱点はあっても美化された記憶の中で、消えることなく留まっているのである。


#1 / 1959〜1964 * #2 / 1965〜1975 

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INDEX

1881〜1945
立体音の発見と
二つの源流

1946〜1957
日本の戦後復興と
Hi-Fiへの熱き試み

1958〜1965
幕を開けた
ステレオの時代

1966〜1970
開花する日本の
独創技術

1971〜1980
4チャンネル騒動と
成熟の頂きに立った
コンポーネント

981〜1990
AV時代の到来と
CDの登場
INDEX

*国内ブランド
ACCUPHASE
AUDIO TECHNICACORAL
DENON
DIATONE
EROICA & UESUGI
FOSTEX
GRACE
LIVING AUDIO
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LUXONKYO
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SONYSTAXTECHNICS
TRIO & KENWOOD
VICTOR (JVC)YAMAHA

アンサンブルステレオと
セパレートステレオ


*海外ブランド 
ALTECAR
GOODMANSJBL
JORDAN WATTSMARANTZ
MclNTOSH
ORTOFON
SMETANNOY







 















     


















































































































































































































































































































































































































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*ステレオの産業史|TOP PAGE1881〜19451946〜19571958〜19651966〜19701971〜19801981〜1990
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