ステレオの産業史 1958〜1965
幕を開けたステレオの時代
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The History

日本ビクター(JVC)、わが国初のステレオ発売。
「世界初の立体レコード演奏機完成!」、これは当時の広告コピー。 プリメインとプレーヤー、フルレンジユニットによる2台のスピーカーからなる正統なコンポーネントスタイルであった。(¥77,000)

日本ビクター(JVC)と日本コロムビア、
相次いでステレオLP発売。
日本ビクター初のリリースは、ギレリスのピアノ、フリッツ・ライナー指揮のシカゴ響「チャイコフスキーピアノ協奏曲第1番」の他、当時流行のマンボの王様ペレス・プラードの「ブルー・イン・ウルトラ・Hi-Fi」など。価格は、30cmLPのクラシックが2,800円、ポピュラー2,500円、17cmLP900円。日本コロムビアのリリースは、レスピーギの「ローマの松」など。

DIATONE 2S-305NHK技研と三菱電機が共同開発。
モニタースピーカーシステム「2S-305」完成。

第7回日本オーディオフェアに出品されて、まずは注目を集めた。
一般に市販されたのは4年後の1962年。当時の1台56,000円は、かなりの高額であったが、NHKクラシック番組の解説者やレーコード月評の音楽評論家諸氏が購入している。
その後、基本構造を変えることなく、30年余りの長きにわたり局用のモニターとして現役であり続けた。海外では英国のBBC放送とベルギー放送研究所が採用。

マランツ #7マランツ伝説をつくった「#7」
オーディオアンプの歴史にその名を記す。

マランツ「#7」は、電子工学のオーディオアンプの世界に、一つの美学の世界があることを歴史の中で示した。ところが、半導体の時代マランツ #9を迎えると陰りが目立ち、資金調達も困難に。その後間もなく、設計者でオーナーのソール・B・マランツは、オーディオ界から閉め出される格好でマランツ社を映画産業のスーパースコープ社に売却した。以後「マランツ・ブランド」は、その偉大さゆえに紆余曲折の道を辿ることになった。
なお「#9」は、2年後の1960年の発売。

パイオニアがベルギーのブリッュセル万国博に出展した
無指向性4ウェイスピーカーが名誉賞を受賞。
国内では通算大臣賞。

見てのとおり、6面体で無指向性を実現したの超大型システムの試作品。先端部にある無指向性のホーンツイーターは「PT-01」として市販された。(¥7,200)



RCA、世界初のカラーVTRを発表。
01/:東京通信工業、社名をソニー株式会社に変更。
04/09:ストラヴィンスキー、自作曲をN響で指揮するため来日。京都の観光も楽しんだ。
米ソ冷戦下の第1回チャイコフスキー国際コンクールで、アメリカのヴァン・クライバーン(23歳)、
 ピアノ部門でソ連の実力者を抑え優勝。アメリカンヒーローとして紙吹雪舞うマンハッタンに凱旋。
ジャズシンガーとして渡米したナンシー梅木(28)、マーロン・ブランド主演の
 ハリウッド映画「サヨナラ」に出演して、日本人初のアカデミー賞助演女優賞を受賞。
五味川純平原作の長編戦争文学、「人間の条件」がベストセラー。翌年、小林正樹監督によって
 映画化。全編の完成に4年、全上映時間9時間31分の大作となった。
12/:テレビ塔としては、世界一(当時)の高さを誇る東京タワーが完成。

日本ビクター(JVC)の「皇太子(今生天皇)ご成婚記念ステレオ」がヒット商品に。

皇太子ご成婚記念ステレオ中波のステレオも聴けたステレオ電蓄。アンサンブル型または、コンソール型とも呼ばれ、当時の大卒初任給が12,700円であったにも関わらずステレオブームの火付け役になった。(¥47,800)
これをきっかけに家電メーカー各社は、アンサンブル型ステレオの市場に挙って参入することになる。

コンソールステレオの名作デコライギリスの名門デッカ、コンソールステレオの
名作「デコラ」を限定100台で発売。

その再生音は気品に満ち、他の追従を許さないとされた。2個の楕円ウーファーと左右合計12個の高音ユニットが、向きを変えて納められている。
ロンドンのデッカ本社を訪れてデコラを聴いた故・五味康祐氏は、「壁面にオケのフルメンバーを彷彿とさせる音の魔術は、かつて経験したことがない」とその驚きを記した。
OLTOFON SPUオルトフォンSPU、わが国で最も多くの影響を与えた
MCカートリッジのオリジネーター。

SPUを最初に目をつけたのはNHK技研と言われる。これを基にFMステレオ用カートリッジの開発が日本電子音響(デノン)と始まり、5年後「DL-103」が誕生した、なお、この「SPU」が一般の愛好家に知られるようになったのは、’60年代半ばのこと。また、わが国のカートリッジ業界に与えた影響は計り知れない。しかも発電系の構造がシンプルであったことから多くの模倣と亜流を生んだ。

SME 3009/3012SMEアーム、創立者のアイクマンが、自家用につくった
アームが、改良を経て世界を席巻 。
当初発売のアームには、オルトフォンのGシェルが装備されていた。このプラグイン・コネクター方式が、後にカートリッジを交換してレコードを楽しむスタイルをわが国に定着させた。普通ならば、早々に亜流のモデルが登場するところ。しかし、当時のわが国の技術レベルでは、真似したくて真似できない精度の高さを示していた。
1962年、英国工業デザイン連盟のデザインセンター賞を受賞。

松下電器、国産初のMMカートリッジ付ピックアップ発売。
軽針圧のMMカートリッジをジュラルミンの軽量パイプアームと一体化したもので、ステレオピックアップのあるべき方向を示していた。なおこの年、シュアーが発売したMMカートリッジ「M-3D」は、「コンシューマー・レポート」誌で最高点の評価を得る。
なお、「コンシューマー・レポート」誌は、当時のアメリカで絶対的権威を誇った消費者向けの商品テスト誌。

04/:東芝、わが国初の純国産オールトランジスターによるテレビを発売。
06/01:一眼レフカメラ「ニコンF」発売(¥57,000)。 ライカを抜き世界の報道カメラマンの定番に。
06/:ザ・ピーナツがベケット作曲の「可愛い花」でデビュー。西洋ポップスの姉妹デュオとして、
  人気、歌唱力、ダンシング、そのどれをとっても功績は大。
06/:ソニー、新しい電子デバイス「エサキ・ダイオード」を発表。
 発明者の江崎玲於奈は、後にIBMに移籍し、1973年ノーベル物理学賞を受賞。
10/:日本ビクター(JVC)、回転2ヘッド・ヘリカルスキャン方式VTRの特許を取得。
 松下電器とソニーも相次いで申請したが敗退。
業界初のセパレートステレオ
パイオニア、業界初の
三点式セパレートステレオ発売。

OTLのレシーバーアンプを中心に、20cm口径のウーファーをベースにした3ウェイバスレフ型。プレーヤー部は30cmターンテーブルにMMカートリッジ。
当時としては、先端の技術を集めてつくられた本格派であることが分かる。なお、パイオニアが正式に「セパレートステレオ」の商号で発売したのは、翌年に登場の「PSC-5A」(¥83,000)が最初。

スタックス、世界初のコンデンサー型ヘッドフォン発売。
コンデンサー型は、振動膜を極めて薄くするすることができるため、過度特性のよさは際立つものがある。特にクラシックソースにおいては、他の追従を許さなかった。なお、スタックスは、今日でもヘッドフォンと呼ばずに一貫してイヤースピーカーと呼称している。
本体「SR-1」(¥6,000)、専用アダプター「SRD-2」(¥2,700)

日本ビクター(JVC)、テープ再生と生演奏の公開すり替え実験に挑戦。
「ステレオ・パーフェクトサウンド・フェスティバル」とタイトルされた第1回の公開実験。生演奏で出演したのは藤家虹次クインテット。以降、レコード再生と生のオーケストラのすり買え実験にエスカレート。また、この年、アンサンブル型ステレオにテレビを付けた超豪華モデル「STL-1002」を1,350,000円で発売して業界を驚かせた。

04/:東芝、イギリスEMIと合弁で東芝音楽工業(東芝EMI)を設立。
05/30:ソニー、世界初の8インチ・トランジスターマイクロテレビ発売(¥69,800)。
06/15:日米安保改定阻止の全学連約7000人が国会に乱入。その中の東大生、樺美智子氏が死亡。
09/01:N響が2ヶ月に渡る世界一周の演奏ツアーに出発。訪問国は12ヶ国24都市で演奏。
 当時16歳のピアニスト中村紘子も参加、振り袖で協奏曲を披露して喝采を浴びた。
09/:カラーテレビの本放送がスタート
タンノイ、ステレオの普及に合わせて、主流のコーナー型から小型化をはかったシリーズモデルを発売。
38cmユニットのレクタンギュラー・ヨーク、30cmユニットのランカスター、25cmユニットのブックシェルフ密閉型のIIILZである。タンノイが密閉型を採用したのはIIILZが初めて。

PIONEER PAT-30X/38Xパイオニアの力作。わが国初
の複合3ウェイユニット。

この凝りに凝ったユニット構造は、この道のマニアの関心を惹き付けるのに充分であった。
★PAT-30X ¥33,500
★PAT-38X ¥51,800

CBSコロムビア、「STEREO 360 SOUND」と名付けた
録音方式で、自社レコードの優秀性をアピール。

クラシックは、オーマンディ時代のフィラデルフィア管弦楽団、ポピュラーは、パーシーフェース、ブラザースフォー、バーブラ・ストライサンドの他、サントラ盤でも、この録音方式で名盤を残した。刺激感のないクリアーな音でセパレーションの良さが特長。

ソニー、マイクロTVなど一連の製品デザインで毎日新聞社の産業デザイン賞受賞。
12/12:米軍用に限られていた「コカコーラ」が、日本の市場に登場。
12/23:ミュージカル映画「ウェストサイド物語」丸の内ピカデリーでロードショー公開。
 年が開けると連日満員となり73週17日の最長ロードショー記録樹立。

コンパクトカセットのパテントを無償開放フィリップス、録音・再生用のコンパクトカセット開発。
互換性の堅持を条件にパテントを無償開放。

当初は、Hi-Fii用途に不向きであったカセットが、’70年以降、ドルビーのノイズリダクション方式やメタルテープ等の出現によって、オープンリールデッキの地位を脅かすことになる。

McINTOSH C-22マッキントッシュ、わが国のオーディオ界に、
黒船来航以来のカルチャーショックをもたらす。
ハイ・フィディリティーとハイ・パワーの見事な両立は、オーディオ先進国アメリカンの底知れぬ技術力と独創性を遺憾なく示しMciINTOSH C22ていた。当時の日本で、この存在を知る人は極めて少なく、その全貌が明らかになったのは、6年後の「ステレオサウンド」誌、第3号の「内外アンプ65機種総試聴記」が最初である。
この「C22」と「MC275」で得られる音については、多くの評論家諸氏が記しているが、なかでも、瀬川冬樹(故人)氏ほど、それを的確に表現した人はいない。

LUX SQ5Bラックス初期の
球のプリメインの佳作「SQ5B」
ラックスがHi-Fiの見地から正統に開発した初の国産アンプといえる。風変わりなデザインではあるが使い易く、コントロール機能も必要にして充分であった。(¥35,000)

ソニー、ニューヨークの5番街にショールームをオープン。
RCAビクター、ステレオLPの高音質化をはかった「Dynagroove」レコードを発売。
05/03:旧国鉄の常磐線三河島駅構内で電車が脱線衝突。160名が死亡、296名が負傷する大惨事に。
08/05:マリリン.モンロー謎の自殺。享年36
08/12:23歳の堀江謙一青年、小型外洋ヨットで単独太平洋横断に成功。
09/:世界の奇習を撮りまくったヤコベッティ監督の記録映画「世界残酷物語」に長蛇の列。
12/11:N響、指揮者の小澤征爾をボイコット。当時27歳の小澤の慢心ぶりに楽員が反発。

マランツ、世界初のリニアトラッキングプレーヤーを発売。
ビルトインされたカートリッジはシュアの「V-15」

カッターヘッドと同様に、アームがレコードの中心を直線移動する。
当然、トラッキングエラーとインサイドフィースによるトレーシング歪は限りなく少ない(¥159,000)。 後にカートリッジが交換できるのSLT-12Uが登場した。
Victor STL661
日本ビクター(JVC)、「モデルチェンジをしない
永遠のステレオ」と銘打って発売。
アンサンブルステレオ全盛期のヒットモデルで、生産台数は3年で30万台を突破。 しかし、 キャッチフレーズとは裏腹に、目新しいアイデア技術 (エコー装置やパノラマスピーカーというのもあった) を次々と取り込んでは、マイナーチェンジを繰り返し結局は時代に取り残されて姿を消した。(¥69,500)

日本ビクター(JVC)、東洋一の「大和ステレオ工場」竣工。
同社の社是は「原音探求」。工場の敷地面積は、約3万7千530平方メートルで、国立競技場「3万3千716平方メートル」がすっぽりと入るほど。近代的な製造組立ラインと様々な実験研究施設の他、夢の試聴室には、530個のスピーカーを張り巡らして自在な音場を創出できた。

優れたステレオ録音の名盤で、
多くの愛好家を魅了したロンドン・デッカレーベル。

SP時代からの優れた録音方式「ffrr」によって、ウイーンフ
ィルの録音を一手に手掛けてきた実績は、自国のオケやスイスロマンドの録音にも活かされて、ステレオレコードは「LONDON」の評価を定着させた。
この1963年に登場してマニアを唸らせたのが「phase 4 stereo」。20chマルチ録音のステレオ効果を存分に活かした編曲で、マントバーニーと並ぶドル箱となったのが、スタリーン・ブラック指揮のシンフォニ
ック・シネマ。後年、この演奏スタイルは、日本のオーケストラ・プログラムに挙って取りあげられた。

Stax CPS-4スタックスのコンデンサー型カートリッジ。
トレーシーング能力と透明で繊細な表現力は第一級。

針圧1グラムで問題なく動作する。これは、当時、話題となったシュアのV15typellやADCを遥かに凌ぐ。但し、専用アームと発信器の必要なことが普及を妨げた。本体(¥9,800) 発信器(¥8,200)

12月24日、NHKのクリスマスイブの贈り物。FMのステレオ放送開始。
ステレオレコードは高価であり、また並のプレーヤーではFMの良質な音質に到底及ばないこともあって、FMステレオは急速に浸透。後に、FMエアチェック全盛の時代が到来する。

日本コロムビア、日本電気音響と合併。デンオンブランドが誕生。
06/19:坂本九の「上を向いて歩こう」(アメリカタイトル「スキヤキ」)が、 
 ビルボードで3周連続1位の偉業。作詞・永六輔、作曲・中村八大、「六・八・九トリオ」といわれた。
11/09:繰り返される惨事! 旧国鉄東海道線鶴見駅付近で電車脱線多重事故。
 土曜の帰宅帰りの乗客161名が犠牲、120名が負傷。一方、福岡県の三井三池炭鉱では、
 炭塵爆発で458名が犠牲。この相次ぐ大惨事は「魔の土曜日」として記憶された。 
11/22:ジョン・F・ケネディ大統領、テキサス州のダラスで凶弾を浴び死亡。
 世界初のTV衛星生中継が急遽変更され、代わってケネディ暗殺の速報がリアルタイムで放映された。

LUX SQ38Dラックス、三極管プリメインの名作。
マニアというよりもクラシックの音楽通に愛された。

三極管は内部抵抗が少なく裸特性に優れる。この特長を巧みに引き出して愛好家の支持を広げた。(¥54,500)
しかし、ブックシェルフスピーカーが主流になると、パワー不足が弱点とされ、4年後、パワーアップされた「SQ38F」に受継がれて、音質もデザインも一段と磨きがかかった。


04/:観光目的の海外旅行が自由化。
04/28:本邦初、ヤングマンのための週刊誌「平凡パンチ」創刊。大橋歩の表紙イラストで、
 アメリカ・カレッジ・ファンションが定着。五味康祐、戸川昌子、今東光氏らのエッセイも人気に。
 2年後、集英社の「週刊プレイボーイ」も創刊。
10/10:アジア初の東京オリンピック開催。オリンピック景気でテレビの普及率が80%を超える。
ブラジルのリオで生まれたボサノバ。その「イパネマの娘」が世界を魅了。
日本のレコード売り上げが、アメリカに次いで世界第2位に。

SANSUI SAX-300サンスイの三極管レシーバー、ラックスの好敵手に・・・。

玄人筋に支持されたSQ-38Dのパワーが10W×2なのに対し、「SAX-300」は14W×2と上回る。音質もレーシバーとして引けとらない出来栄えで、ベストバイ・モデルの評価を得た。(¥49,5000)

JBL LANCER101/SANSUI SP-LE8Tサンスイ、JBL日本総代理店に。
代理店契約に至った背景には、自社アンプのデモや各地で開催するレコードコンサートにJBLのスピーカーを使用してきた実績があったからと思われる。早速輸入されたのは、パラゴン、オリンパス、ランサー・シリーズといった当時を代表するシステムとユニット群。次いで名作ユニット「LE8T」をサンスイがアッセンブリーしたシステム「SP-LE8T」が登場する。(1台¥49,800)

JBL SG-520/SE-400S
サンスイ、JBLのセパレートアンプ初輸入。
わが国のオーディオ界にまたもカルチャーショックの一撃。
特にJBLのシステムに繋いだときの格段にクリヤーで解像度の高いサウンドは、球と半導体の優劣論争に終始していたわが国のオーディオ界に、またもカルチャーショックの一撃を加えた。コントロールアンプの先進的なデザインが与えた影響も計り知れない。
ただ、プリとメインを合わせて、40万円弱という高額でありながら、スピーカーを選ぶ性格は、TRアンプとして見過ごすことのできない、難しく厄介な問題として残った。

SANSUI AU111サンスイ、トランスメーカーの強みを発揮。
球のプリメインとしては、ゆとりのハイパワー(実行出力45W×2)。豊富なコントロール機能と、先鞭をつけたブラックパネルのシンメトリカルなデザインも魅力。しかし、トランジスタ化の流れには逆らえず、後にセパレートアンプの高級モデルを出したのが最後になった。
AU-111(¥65,000)

EROICA PHOENIX70エロイカ・アンプ、彗星のごとく登場。
後にオーディオ評論を兼ね、上杉研究所を主宰した故・上杉佳郎氏が大学在学中、技術部長に担がれて製作した真空管式セパレートアンプの名作。価格を超えた品格あるスピーカーのドライブ能力において、これに見合う国産セパレートアンプは皆無であった。
Phoenix 70/コントロールアンプ(¥65,000)
Phoenix 70/パワーアンプ(¥52,000)

テクニクス・ブランンドの記念すべき第一作。
完全密閉型ブックシェルフ Technucs 1TECHNICS 1
高さと奥行が丁度A4サイズで本棚に納まる文字通りのブクッシェルフタイプ。見かけによらず量感豊かで帯域バランスも良く、幸先よく、テクニクスのヒットモデルになった(1台¥18,000)。
とりわけホーンツイーター「5HH17」(¥2,000)は、単体ユニットとして異例のヒット。また、サンスイのヒットモデル「SP-100」をはじめ、各社の主要システムに挙って採用された。

SATIN M8-45E & Fidelity Research FR-1わが国のMCカートリッジ、模倣から脱して新たな評価。
国産MCカートリッジの多くは、程度の差こそあれ、オルトフォンSPUの構造を真似たイミテーションモデルであった。その汚名を晴らしたのが、サテンとフィディリティ・リサーチのMCである。
*サテン M8-45
MC型でありながら、曻圧不要の高出力と、針交換のできる構造は世界でも類がない。「M8-45E」はシリーズのトップモデルであり、価格が世界一なら、再生される音も天下一品で、目の覚めるような音を拾いだした。「M8-45E」(¥32,000)
なお、このシリーズモデルは、OEMとして、トリオ(ケンウッド)とソニーに供給された。
*フィディリティ・リサーチ FR-1
オルトフォンSPUが構造上持つ鉄芯を取り去ったことで、出力は極めて小さくなったものの、独特のしなやかな音をつくりあげて成功した。曻圧が必要で針は本体交換タイプ。「FR-1」(¥12,600)

PIONEER MU-41パイオニア、ベルトドライブ・ターンテーブルの
中堅モデルとして、果たした役割は大きい。

ゴム製のリムでターンテーブルを回転させるより、ベルトを介して回転させるほうがモーターの振動を吸収できると、もっともらしい理屈で登場したベルトドライブ方式ではあったが、モーターの振動が、もろにボードに伝わるような高級モデルも存在した。
そうした中で、パイオニアの「MU-41」は、モーターに直接触れても、回転していることが感じられないほど静かで、速度の切り替えもスムーズ、というわけで評価を高め愛用者を広げた。(¥25,500)

SONY TA-1120ソニー、高級コンポーネント市場に本格参入。
シリーズに冠した名称は「ES SERIES」。「ES」とは「エクストリームリー・ハイ・スタンダード」、つまり「究極の標準」のイニシアルから付けられたもの。我が道を行くソニーらしさと、ソニーの自負が強く感じられた。
SONY ES シリーズのプレーヤー、パワーアンプ、クロスオーバーネットワークこの年、登場の第一弾は、オールシリコントランジスターの高級アンプ「TA-1120」。
その後、1年余りにわたり、ご覧のラインナップが出揃う。
ソニーの参入によって、高級コンポの潜在需要をつかんだ国内の有力メーカー各社は、アメリカの高級機に比肩するコンポーネントの開発に相次いで乗り出す。

TA-1120(¥88,000)
ST-5000(¥88,000)
SS-3300(¥1台63,000)
PS-2000(¥75,000)
TA-3120(¥52,000)
TA-4300(¥41,000)



ソニー、輸出貢献企業として、内閣総理大臣賞を受賞。
国内のピアノコンクールを総なめにし、ジュリアード音楽院に留学の中村紘子、
 ショパン国際ピアノコンクールで最年少の21歳で4位入賞。1位は24歳のマルタ・アルゲリッチ。
ビートルズの異常人気。ヒットチャートを占領。
山崎豊子原作の「白い巨頭」、大学医学部の内実をあぶり出してベストセラー。
11/08:深夜ワイドショー「11Pm」スタート。風俗、文化、政治とあらゆるネタを俎上にした。

The Year

1958
昭和33年




















































1959
昭和34年

















































1960
昭和35年




























1961
昭和36年























1962
昭和37年






























1963
昭和38年














































1964
昭和39年














1965
昭和40年






































































































INDEX

1881〜1945
立体音の発見と
二つの源流

1946〜1957
日本の戦後復興と
Hi-Fiへの熱き試み

1958〜1965
幕を開けた
ステレオの時代

1966〜1970
開花する日本の
独創技術

1971〜1980
4チャンネル騒動と
成熟の頂きに立った
コンポーネント

1981〜1990
AV時代の到来と
CDの登場

INDEX

*国内ブランド
ACCUPHASE
AUDIO TECHNICACORAL
DENON
DIATONE
EROICA & UESUGI
FOSTEX
GRACE
LIVING AUDIO
Lo-D
LUXONKYO
PIONEER & EXCLUSIVESANSUI
SONYSTAXTECHNICS
TRIO & KENWOOD
VICTOR (JVC)YAMAHA

アンサンブルステレオと
セパレートステレオ


*海外ブランド 
ALTECAR
GOODMANSJBL
JORDAN WATTSMARANTZ
MclNTOSH
ORTOFON
SMETANNOY






 




















 

 





















































 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




















 






































































































































































































































































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*国内ブランド|ACCUPHASEAUDIO TECHNICACORALDENON
DIATONEEROICA & UESUGIFOSTEXGRACELIVING AUDIOLO-D
LUXONKYOPIONEER & EXCLUSIVESANSUISONYSTAXTECHNICSTRIO & KENWOODVICTOR (JVC)YAMAHA
 |アンサンブルステレオとセパレートステレオ
*海外ブランド|ALTECARGOODMANSJBLJORDAN WATTSMARANTZMclNTOSH
ORTOFONSMETANNOY


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