ステレオの産業史 1971〜1980
4チャンネル騒動と成熟の頂に立った
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The History

4チャンネルステレオの狂騒劇で幕を開けた’71年。
4チャンネルブームの火付け役となったサンスイの「QS-1」既存のステレオが4チャンネルステレオになる、との触れ込みでブームに火を付けたのはサンスイの「QS-1」(RM方式)。
 メーカーにとっては、アンプとスピーカーがこれまでの倍売れる、という思惑を生み、いわば、なりふりかまわぬ恰好で各社各様の方式が乱立。この異常事態に、業界は規格統一に向けて動いた。しかし、調整は難航。結局、次の三方式が併存することになった。

*サンスイは「QS」: 欠点としてセパレーションの甘さが指摘された。その後は、フ
ェイズ・モジュレーションという独自の回路でセパレーショーンの改善をはかり、翌年には、日本電子工業会がQSをRM方式の正式規格に認定。1973年には、アメリカレコード協会(RIAA)も正式に認定した。

*日本ビクター(JVC)は「CD-4」: 各チャンネルが独立したディスクリート方式。5kHzの超高域再生を可能にしたシバタ針のカートリッジによって実現。日本ビクター、松下電機(パナソニック)、RCAの三社連合で本命視されたが・・・。

*ソニーは「SQ」: レコードはCBSが、ハードはソニーが開発。RM方式よりセパレ
ーション特性が理論上有利。この年、スイスのモントルーでSQの推進を共同発表。

4チャンネルブームは次第にユーザー不在の様相を呈し、三社の優位性だけが強調されるに至って、世間のSANSUi QSD-1関心は早々に冷めていった。それでもサンスイだけは諦めずにQS方式の改良を進め、日立と共同でマトリックス用のICを完成。ディスクリート方式に劣らぬチャンネル・セパレーションを「QSD-1」で実現した(¥89,800)。

日本ビクター(JVC)、神奈川県大和市に東洋一の「音響技術研究所」竣工。
東洋一を誇る同社の大和ステレオ工場に隣接。録音から再生の多岐にわたる研究と実験、さらに、製品開発が行なわれる。通称「音研」における初期の成果が、ディスクリート方式「CD-4」の4チャンネル技術であった。また、オーディオ分野に留まらず、電子オルガン「ビクトロン」も「音研」から生まれている。

日本コロムビア、世界に先駆けてデジタル録音のLP発売。
NHKとの共同開発で実用化されたPCMレコーダーによって録音された。
リリースされたのは、ツトム・ヤマシタの打楽器によるライブ「打! ツトム・ヤマシヤの世界」。

08/15:ニクソンショック。アメリカのニクソン大統領が世界秩序を変革するため、との理由で
 ドル紙幣と金の交換を禁止。この兌換(だかん)停止によって世界経済にショックを与えた。
 12月には、円の交換レートが、1ドル360円の固定相場から変動相場制に移行。
Accuphase C-200 / P-300ケンソニック(アキュフェーズ)設立。
トリオ(ケンウッド)の創業者である春日二郎氏と役員の出原眞澄氏らが、トリオと袂を分つ形で設立。古巣のトリオとは一線を画す高級アンプのみの製造に乗り出す。その第一弾の記念すべきセパレートアンプは翌年に登場。
★コントロールアンプC-200(¥155,000)
★パワーアンプP-300(¥195,000)


Technics SU-10000/SE-10000テクニクス、オーディオアンプの限界に挑戦。
国内最高価格のセパレートアンプ。

この価格帯のアンプは、国内では皆無。海外でもマッキントッシュのMC2300、マランツの500ぐらいしか存在しない。内容的には、後の高級アンプに影響を与える回路技術を随所に採り入れて性能の限界に望んでいる。特筆すべきは、なんといってもパワーアンプの歪率であろう。定格出力時(100×100W)で0.01%以下、すなわち1万分の1という驚異的な特性を実現したことが、この品番の由来となった。
★コントロールアンプSU-10000(¥450,000) 
★パワーアンプSE-10000(¥500,000)

VICTOR SX3日本ビクター(JVC)、久々の会心作ではあるが・・・。
ドームツイーターの振動板は、フェイズモアレ伝送パターンというコンピュータ画像で解析され、ウーファーのコーン紙はドイツ製。音のバランスの良さは、評論家にも好評で、発売してまもなく月産5,000台の大台に乗るヒットになった。(1台¥27,000)
ただし、ユニット配置が非対称であるため、2台並べたときのアンバランス感はなんともしがたい。これはビクターだけの問題ではなく、業界がこのことに気付き、ユニットのミラー配置(左右対称)が一般化するのは、ずっと先のことである。

ラックス、アンプの新たなユーザー層を狙い(L&G)のブランドを発足。
これまでにない、モダンなデザインで注目されたが、L&Gのブランド名が定着することなく消滅した。マーケティングの基本戦略を踏み誤った、としか言いようがない。

02/21:アメリカのニクソン大統領、電撃訪中。事実上、中国共産党政府を承認。
02/28:浅間山荘事件。日本中がテレビに釘付け。
 連合赤軍が人質を取 り山荘に籠城。銃撃で民間人1名が死亡。機動隊員2名殉職。
07/06:今太閤こと田中角栄内閣誕生(支持率70%)。就任3ヵ月で日中国交回復の大英断。
09/27:マリンバ奏者の吉原すみれ、ジュネーブ国際音楽コンクール打楽器部門で優勝。EXCLUSIVE C3/M4パイオニア、ハイエンドブランドとして
「エクスクルーシブ」を立ち上げ。

エクスクルーシブのブランド構想は、最高級オーディオのあるべき姿を妥協なく製品に反映させることにあった。その第一弾として開発されたのがセパレートアンプ。開発にあたっては、使用パーツの厳選が目標となり、あらゆるパーツの見直しが行われ、その品質管理は徹底された。この厳しい条件を満たしてコントロールアンプの「C3」とパワーアンプ「M3」は完成。翌年には、Aクラスパワーアンプの先鞭を着けたノッチング歪ゼロの「M4」が誕生する。
★コントロールアンプC3(¥315,000) 
★パワーアンプM3(¥315,000) ★M4(¥350,000)

Technics SB1000テクニクス、低歪の完璧志向を貫いて完成。
このSB-1000のために開発された素材及び技術は無数にある。特に外観で目を惹くのが、合板とパーチクルボード3層の36ミリ極厚エンクロージャー。システム重量はなんと52キロもある。
(1台¥180,000)

5/15:20世紀最高のプリマ、マリア・カラス来日。
 東京公演は、NHK・TVとFMで同時放送された。
10/;江崎玲於奈、ソニー在職中に発明したエサキ・ダイオードで
 ノーベル物理学賞受賞。
わが国の人口、一億を突破! 総中流へとばく進!
第一次オイルショック、第四次中東戦争で石油と諸物価急騰。
カンヌCM国際映画祭で、サントリーウィスキー「ホワイト」のTVCMが日本初のグランプリ。
 黒人スター、サミー・デイビス・Jr に、にっこと笑わせ「ホワイト」と言わせた。これがウケた。

YAMAHA NS-1000Mヤマハ、中高音ユニットに世界初のベリリユム振動板を採用。スウェーデン放送局の標準モニターになるなど、
わが国のスピーカーシステムとしては異例の評価。

中・高音の振動板として理想の素材でありながら、成形加工の困難なベリリウムを真空蒸着という応用技術で完成させたのはヤマハが世界で最初。その音は極めてセンシティブでありながら、音楽的なバランスに優れ、わが国では稀な超ロングランモデルとなった。
スウェーデン放送局の標準モニターに採用されたのは2年後のこと。以来、欧米での評価は急速に広まった。(1台¥108,000)

マークレビンソン。アメリカの若きパーフェクショニストが
創りあげたコントロールアンプMARK LEVINSON LNP-2。妥協は微塵もない。
先端のエレクトロニクス技術を誇示するかのような極めて解像度の高い音。その完璧主義ゆえに改良の手が頻繁に加えられ、初期モデルと後期モデルとでは大きく異なる。(¥1,080,000ケース別)

パイオニアのレシーバーアンプ、
アメリカ「ステレオレビュー」誌のテストで1位から3位までを独占。
端正にまとめられた豊富なコントロール機能と、パワーとクオリティーの
中庸なバランス感覚は、パイオニアならではのものであった。

NAKAMICHI 700ナカミチ、カセットデッキの
イメージを覆す。
内外大手にカセットとオープンリールデッキのOEM供給をしてきた中道研究所が自社ブランドで発売した別格の1号機。テープ走行の安定性、カセットとは思えぬ力感に満ちた音、デザインと操作性、そのどれもが、先進的な魅力に満ちていた。(¥138,000)


11/26 ジャーナリスト、立花隆の「田中角栄研究-その金脈と人脈」(文藝春秋)が、
 首相の田中角栄を辞任に追い込む。

テクニクス、リニアフェイズの名称で、
ユニット間の位相差を理論的に解決したのは世界初。

特長は、ユニット特性、ユニット配置、ネットワークの三位一体で位相差をなくし、平坦な特性を実現にしたことである。これまでのシステムと聴き比べれば、ステレオ音場の再現性の違いが良くわかる。このモデルの成功とヒットによって、わが国はもとより、海外のメーカ
ーに与えた影響も見逃せない。例えば、ソニー、B&W、KEF、キャバスなどのモデルが挙げられる。
(1台¥90,000)

テクニクス、DDターンテーブルの世界スタンダードとTechnics SP-10II
呼べる第一級の信頼性。

瞬時に動作する正確無比な回転と強力なトルク。プレーヤーシステムの標準原器になり得る信頼性。発売から1年足らずで、世界20ヶ国、150の放送局に900台が納入された実績がそれを物語る。(¥150,000)

YAMAHA TC-800GLヤマハ、高性能メカを機能美あふれるフォルムに包む。
進化したカセットデッキのあるべき姿。

前年に登場のナカミチのカセットデッキとコンセプトは異にしても、カセットデッキのあるべき姿を示していた。デザインはイタリア・デザインのモダニズムを世界に広めたマリオ・ベリーニ。
スタンダードモデル(¥59,000)の他に、使用場所を選ばない3電源の方式の「TC-800GL」もあった(¥75,000)。

従来のカセットと新規格のエルカセットエルカセット、徒花として散る。
「オープンリールに迫る音・・・」、の謳い文句で誕生したエルカセット。デッキは3社連合のソニー、松下電気(現パナソニック)、ティアッ
クが発売。カセットはソニーが供給。しかし、コンパクトカセットデ
ッキの進歩が著しく、さらにメタルテープの出現によって、大きいだけが取り柄のエルカセットは、早々に存在理由を失った。

04/30:南ベトナムのサイゴン陥落。これで15年に渡ったベトナム戦争に終止符。
05/10:ソニー、世界初の1時間録画・家庭用ビデオ「ベータマックスSL6300」発売。(¥229,800)
09/30:昭和天皇が皇后と共に歴史上初めてアメリカを公式訪問。
JBL 4343JBL pro.4343 見事な再生能力と
そのプロポーションには誰もが惹かれた。
JBLのユニットがいかに優れているとはいえ、この名作「4343」が忽然と出現したわけではない。ここに至るまでには、並々ならぬ試行錯誤のあったことは、その系列を遡ってみれば容易にわかる。それだけに、世界水準とためらいなく言える完成度の高さを、音ではっきりと示していた。(1台¥739,000)

SONY SS-G7ソニー、渾身のシステム SS-G7。
その音にカラヤンが絶賛したとか。
ソニーがオーディオに本格参入して以来、エレクトロニクスの分野では、常に新局面を切り拓き、一貫したものがあった。
ところが、スピーカーとなると、新型モデルのたびにポリシーがコロコロ変わる。
言われるまでもなく、それを痛切に感じていたのはソニー自身であろう。思案したソニーは、NHK総合研究所の中島平太郎氏をソニー技術研究所の所長に迎えた。中島氏は、彼の「2S-305」の開発者であり、わが国を代表するスピーカーの権威である。この「SS-G7」の開発は井深大会長の肝煎りで始まり、それを中島氏が、新しいソニーという土壌で実らせた。発売から1年9ヶ月で20,000台の生産台数を記録。(1台¥128,000)

PIONEER HPM-100パイオニア、JBLの元技術担当副社長、
バート・ロカンシーを技術顧問に迎えて完成させた
4ウェイモデルの注目作 HPM-100。

世界に愛用者を広げたパイオニアのアンプ。しかし、本来はスピーカーメーカーでありながら、長いこと、特筆すべきスピーカーシステムのヒットモデルを出せないでいた。この難題の解決をバート・ロカンシー氏に求めた。氏をリーダーにプロジェクトチームが結成されたのは2年前。以来、試作検討と試聴が重ねられて、「HPM-100」に結実した。(1台¥62,000)
勿論、氏の功績はこれに止まらない。エクスクルーシブのシステムをはじめ、TADの各種ユニットにも綿々と受継がれている。

Technics EPC-100Cテクニクス、MMカートリッジのリファレンスたる名作。
宇宙開発から生まれたボロンのカンチレバーを使用し、全磁気回路をHPFコア化した意欲作。共振ゼロの精密級シェル一体の構造も見逃せない。実測データとテストレコード付き。(¥60,000)

YAMAHA CA-2000ヤマハ、A級、B級の動作切替え機能を設けた
初のプリメイン CA-2000。

20万クラスの高額プリメインが登場するなかで、価格を超えた魅力を持つ。B級120W×2のゆとりも十分。A級ではさらに上質で艶やか。豊富なコントロール機能の操作性も抜群。(¥158,000)

YAMAHA C-2ヤマハ、薄型コントロールアンプの先鞭を着けて
長らく高い評価を堅持 C-2。

基本の特性レベルが極めて高く、カップリングされたMC用ヘッドアンプのクォリティーも上々。そのしなやかな解像度の高さは、メーカーを問わず、組み合わせるべきパワーアンプのクオリティーに上手に寄り添う。(¥150,000)

06/26:アントニオ猪木対モハメド・アリ、史上初の異種対決。その茶番ルールにブーイング。
10/31:日本ビクター(JVC)、2時間録画の家庭用VHSビデオ1号機「HR-3300」発売。(¥256,000)
11/:ソニーをユニバーサル映画とディズニープロが、テレビ録画の著作権侵害賠償を求めて
 ロサンゼル連邦地裁に提訴。8年にわたる係争の後、ソニーが逆転全面勝訴。

世界初のソニーPCMプロセッサーソニー、デジタル録音の新時代を拓く。
世界初の民生用PCMプロセッサー発売。その結果は・・・

デジタル信号を記録するベータマックスのビデオレコーダーと合わせると価格は66万円の高額。それでもデジタル録音への期待は予想を遥かに越え、当初の生産台数100台を短期で完売。購入者の中にはスティービー・ワンダーも。ところが、すぐさま200件ものクレームが殺到。ソニーはこの不名誉を、デジタル技術を鍛え直す絶好の機会とした。

Technucs A2/A1テクニクス、驚天動地のセパレート。
まさに、この一語に尽きた。

1日1台の受注生産であったから、製品というよりは手作りの逸品といった方が相応しい。コントロールアンプ「A2」は全段A級動作。
パワーアンプ「A1」は、Aプラス動作を標榜し、電源部は1チャンネル当り4電源、計8電源のモノラル構成、実行出力350W×2。Aクラスにしてこの恐るべきハイパワーをものにしていた。
★コントロールアンプA2(¥1,600,000)
★パワーアンプA1(¥1,000,000)
Technics SB-10000



テクニクス、リニアフェイズ究極の形。
これも超大作と呼ぶに相応しい内容。開発にあたっては、新たな測定方法が確立され、蓄積された技術データは分厚いファイル10冊分にもなったという。
ユニット構成は46センチ大口径ウーファー、中域は国産初の口径10センチの大型ダイアフラムのドライバー、高域には、世界で初めて実用化されたボロンのダイアフラムが使用された。エンクロージャー容積290リッター。システム重量は、なんと140キロである。高価ではあるが、コストパフォーマンスは極めて高い。(1台¥600,000)

蓄音機・電蓄時代のダイレクトカッティグ・レコードが復活
テープレコーダーがない時代、レコード吹込みといえば一発勝負のダイレクトカッティングが当たり前であった。それが新たに陽の目をみた。そのひとつが、パイオニアの協力をバックに、サックス奏者、海老原啓一郎が立ち上げたロブスター・レーベルである。唯、ダイレクトカッティングといえども、ミキサーのセンスが音をつくってしまうわけで、それが良くなければ、結局、出来は悪い。その点、アメリカのコンコード・ジャズ・レーベルがシリーズで出したダイレクト録音はやはり巧い。

01/03:アップルコンピュータ設立。Apple-1の売上げを元手に、スティーブ・ジョブズ、
 スティーブ・ウォズニアック、投資家のマイク・マークラの三人でアップルを法人化。
文壇にマルチ人間。版画家、画家、彫刻家・・・の池田満寿夫氏が「エーゲ海に捧ぐ」で芥川賞。
 自らメガホンをとり映画化、シュールな官能美を描いて興行収入16億円を稼ぎだす。
スターウォーズ第一作公開。ベトナム戦争で内向きのアメリカに勇気を与えた。本邦公開は翌年。

LUX LX38ラックス、三極管アンプの名作、38系を復活。
日進月歩の半導体アンプと比較しても、聴き劣りすることなく、むしろ菅球式の新しい魅力を提示していた。伝統的なデザインも細部に渡ってリファインされ、魅力が深まった。(¥198,000)


10/:テレビの音声多重放送開始。これで音楽番組がステレオ放送に。
桃井かおり、ATG映画のマイナー女優。それが知性と痴性を演じてメジャー女優に。

フィリップスとソニー、CD共同開発のプロジェクト。
3月、フィリップの技術陣一行が、試作のCDと再生機を携えて、わが国の主要電気メーカーの賛同を得るために来日。フィリップスの提案に関心を示したのは、DAD(デジタル・オーディオ・ディスク)の研究開発を進めていたソニーの一社のみで、早くも6月には共同プロジェクトの契約が交わされた。この大英断を下したのは大賀典雄社長。日本側の開発責任者は、スピーカー「SS-G7」をヒットに導き、古巣のNHK技研で、世界初のデジタル技術の実用化を成し遂げた中島平太郎氏である。
フィリップスの提案に関心を示さなかった松下電機(パナソニック)は、世紀のビジネスチャンスを逃し、日本ビクター(JVC)は、独自のAHD(オーディオ・ハイ・デンシティ)方式を頑なに貫いた。

Technics SL-1テクニクス、レコードプレーヤーの革新を成す。
ニューヨーク近代美術館に永久収蔵。

まさに、ジャケットサイズプレーヤー。プレーヤは重く大きい方がいい、というマニアの凝り固まった迷信を、この「SL10」は、ものの見事に覆した。勿論、小さいだけなら驚きに値しない。ところが一分の隙もないメカニズムの中に盛り込まれた発想と技術が凄い。
ターンテーブルはDD。トーンアームは、フルオート動作のリニアトラッキング。標準装備のカートリッジはMC型。(¥100,000)
なお、カートリッジの着脱法は新規格。オーディオテクニカとシュアーが賛同して加わった。

SANSUI AU-D907サンスイ、久々の会心作。
4チャンネルのブームが去ってみれば、その牽引役のサンスイに技術的空白が生じたことは間違いない。この野次馬的な心配をよそに、サンスイはこの一連のプリメインアンプで盛り返しをみせた。「AU-D907」は、その最上級モデル。(¥142,000)

久保田早紀(21)、自曲の「異邦人」で鮮烈デビュー。シングル盤144万枚を売るミリオンセラーに。
03/25:アメリカ、ペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所で、レベル5の放射能洩れ事故。
07/01:ソニー、ヘッドホンステレオ「ウォークマン」発売。のちに世界を席巻。(¥33,000)
無類の剣豪作家にして無垢なる音の求道者、五味康祐氏が逝く。

親交のあった、作家の安岡章太郎氏は、生前の五味氏を想い、次のようにしたためた。(抜粋)
五味は、機械マニアではなかった。オーディオは手段であって、それ以外のものでないことはよく承知していた。それでも先輩作家の機械も自分の思うように調整しなければ気がすまなかっただけである。
たとえば、小林秀雄氏のところの装置は、自分のところの装置と同じように鳴るのでなければ、小林氏のモーツァルト論も、自分が本当に共鳴して読むわけにはいかぬ、と思ったのであろう。
五味は病院のベットで、タンノイではなく、ヘッドホンでバッハの「マタイ受難曲」やモーツァルトの「レクイエム」を繰り返し聴いていたそうだ。おそらく彼は、そこに無垢な心情をもって、安心立命の境地を見いだしていたことであろう。4月1日没 享年58歳

CDの規格決定。フィリップス、ソニー両社譲らぬ最終案に、巨匠カラヤンが鶴の一声。
プロジェクトの終盤、CDの収録時間で両社の主張がぶつかった。フィリップスはLP両面再生と同じ60分、ディスク径11.5cmを主張。ソニーはクラシック音楽の演奏時間を調べあげて74分、ディスク径12cmを主張。5mm差の攻防である。この対立でソニーを援護したのが巨匠カラヤン。「どうせなら、ベートーヴェンの第九全曲が収まる再生時間にしたらどうか・・・」。この一言が、フィリップスの主張を退けた。プロジェクトのスタートから約1年、ここにCDの規格が両社の合意で誕生した。6月19日のことである。

オーディオマーケットに異変の暗雲。
前半はともかく、夏のボーナス商戦で売れ行きはぱったり止まった。原因は、急激なビデオの普及と、オーディオ購買層の若年化である。とりわけ、若者の関心はソニーの「ウオークマン」を始めとするゼネラルオーディオに向かっていた。これまで、年率20〜30%の伸びを示し、負け知らずのオーディオ産業であっただけに、各社は異変を見過ごし、増産路線を見直すことなく暴走してしまった。大量在庫を抱え、窮地に立たされたのは、パイオニア、トリオ(現ケンウッド)、サンスイ、アカイ、ティアッック、etc・・・。

レコードから究極の音を拾いだす・・・、
マイクロとラックスから異色のプレーヤーシステム。

*マイクロの超弩級糸ドライブ・プレーヤーシステム。
扱いにくさは天下一品。それでもこれでなくは、という弩級マニアのためのスペシャルモデル。ベストな状態にチューニングするには、確かな耳と有り余る時間が必要だ。
モーターRY-5000+タンテーブルRX-5000(¥470,000)
*レコード吸着のアイデアを世界で初めて実用化したラックス。
レコードの反りは、再生の天敵。誰もが悩んだ問題をラックスが解決した。一号モデルは、アーム2本仕様の大型のもので、電動ポンプで吸着していた。それを手動式に改良し、より扱い易くしたのが本機である。PD300(¥163,000)
この後を追うように、日本ビクターからは電動式の吸着ターンテーブル。オーディオテクニカからは、手持ちのプレーヤーに使用できるディスクスタビライザーが相次いで発売された。

ソニー、トリニトロンの「プロフィール」で、
テレビのコンポーネント化を打ち出す。

TVチューナーとスピーカーを搭載せず、モニター機能だけに徹した高画質とシンプル・イズ・ベストのデザインは、これまでのテレビの常識を覆えした。これを機に、テレビをAV(オーディオ&ビジュアル)の一部とするコンポーネント化の流れが定着する。KX-27HF1(¥22,8000)

07/;モスクワ・オリンピックの参加を西側諸国が
 ボイコット(日本も不参加)。ソ連のアフガニスタン侵攻が原因。
 その報復に4年後のロサンゼルス・オリンピックでは、東側諸国がボイコット。
世界のクロサワ、「影武者」の主役、勝新太郎を降板。カンヌでグランプリ、国内興行は赤字。
ルービック・キューブの異常ブーム。ハンガリーの大学教授が考案した立体パズル。
 2年間でざっと400万個を売りつくす。

The Year

1971
昭和46年





































1972
昭和47年




































1973
昭和48年

























1974
昭和49年






























1975
昭和50年


































1976
昭和51年






















































1977
昭和52年













































1978
昭和53年







1979
昭和54年




























1980
昭和55年




















































INDEX

1881〜1945
立体音の発見と
二つの源流

1946〜1957
日本の戦後復興と
Hi-Fiへの熱き試み

1958〜1965
幕を開けた
ステレオの時代

1966〜1970
開花する日本の
独創技術

1971〜1980
4チャンネル騒動と
成熟の頂きに立った
コンポーネント

1981〜1990
AV時代の到来と
CDの登場

INDEX

*国内ブランド
ACCUPHASE
AUDIO TECHNICACORAL
DENON
DIATONE
EROICA & UESUGIFOSTEX

GRACE
LIVING AUDIO
Lo-DLUX
ONKYO
PIONEER & EXCLUSIVESANSUI
SONYSTAXTECHNICS
TRIO & KENWOOD
VICTOR (JVC)YAMAHA

アンサンブルステレオと
セパレートステレオ


*海外ブランド 
ALTECAR
GOODMANSJBL
JORDAN WATTSMARANTZ
MclNTOSH
ORTOFON
SMETANNOY






 



























 

 





















































 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





















 













































































































































































































































































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*国内ブランド|ACCUPHASEAUDIO TECHNICACORALDENON
DIATONEEROICA & UESUGIFOSTEXGRACELIVING AUDIOLO-D
LUXONKYOPIONEER & EXCLUSIVESANSUISONYSTAXTECHNICSTRIO & KENWOODVICTOR (JVC)YAMAHA
 |アンサンブルステレオとセパレートステレオ
*海外ブランド|ALTECARGOODMANSJBLJORDAN WATTSMARANTZMclNTOSH
ORTOFONSMETANNOY

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