ステレオの産業史|マランツ
今も語り継がれるアメリカ・マランツの系譜。
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MARANTZ Marantz Co. Inc.


マランツ Model 7
1958(昭和33年)
Model 7 管球式コントロールアンプ ¥159,000(1967年当時)ケース別 
オーディオ史にその名を刻んだ伝説の銘作。
 発売からすでに半世紀が過ぎながら、その名声が今に受継がれていること事体が驚異。
「 Model 7」
が登場する前年、ウェストレックスが世界で始めて45/45方式のステレオLPを完成させ、これをもってHi-Fiステレオ元年となった。また一方の伝説、JBLパラゴンもこの年に登場している。
Model 7」の開発者、ソール・B・マランツ氏は、当時47歳の優れたイダストリアルデザイナーで、電子工学の分野においても並々ならぬ造詣と独創的な発想の持ち主であった。当然、これ以前にも、納得のゆくアンプを自作しては、仲間内の評判を高めていたのである。そうした経緯でマランツ・カンパニーを起業し、「Model 7」に見事結実したといっていいだろう。使用真空管はドイツ・テレフケン社の12AX7を6本。当時の「Model 7」を知る人の多くは物故したが、球のプリとは思えない明晰な音として、その評価は揺るぎなく一貫していた。
 また、わが国のメーカー技術者やプロを自認するアマチュアに与えた影響は計り知れない。しかし、マランツアンプの名声が高まるのとは裏腹に、やがて経営難に陥り、栄光のマランツブランドは紆余曲折の道を辿るのである。
外形寸法:W365×H127×D216mm(ケース別) 重量6.8kg


マランツ Model 9
1960年(昭和35年)
Model 9 管球式モノーラル・パワーアンプ ¥175,000(1967年当時)
マランツの頂に立ったラストパワーアンプ。
 「Model 7」登場時にペアとなったパワーアンプの一つが、モノラル時代につくられ、マルチアンプドライブ構想の源流となった「Model 2」である。手掛けたのは、マランツ氏が見込んだ若き天才、シドニー・スミスであった。出力は40W。出力管を3極管接続と5極管接続に切り替えが出来、ダンビングコントラーを備えていた。また、その時期、チャンネルデバイダーを介したマルチアンプシステムの構想も実現していた。
 その源流となった「Model 2」のグレードをさらに高め、6CA7 ULパラレルプッシュプル構成によって出力を70Wと大幅にアップしたのが「Model 9」である。現代のデジタルアンプと比べるまでもなく、電力は喰うし発熱量は電熱器並。冬場は、暖房の代用になるとしても、クーラーの普及してなかった当時の日本では扱いかねたはずである。こんな、たわい無いことを言ってみたくなるのも、当時の最先端にあった「Model 9」の凄さなのである。
実行出力:70W 外形寸法:W390×H200×D230mm 重量:23kg


マランツ Model 10B
1962(昭和37年)
Model 10B 
管球式FM専用ステレオチューナー ¥380,000(1965年当時)ケース別
孤高のFMチューナー。故に完成が遅れ、マランツ・カンパニーの屋台骨を揺るがせた。
 オーナーのマランツ氏と意気投合し、この「Model 10B」のチーフエンジニアに迎えられたのが、最新の電子工学技術を身につけたリチャード・エクセラ氏である。すでに、FM王国であったアメリカのハイエンド・ユーザーの需要を見込んで開発されたのであろう。しかし、エクススラ氏の完璧主義で完成は大幅に遅れ、マランツ・カンパニーの屋台骨を揺るがす曰く付きの名作チューナーとなった。
 ちなみに、日本でFMステレオ放送が部分的に開始されたのは、「Model 10B」が登場した翌年末のことで、東京で聴けるFM局は、NHKと東海FMの2局だけ、というお寒い状況であった。それでも、この「Model 10B」を日本で真っ先に購入したのは音キチを自認していた作家の五味康祐氏であったろう。
実用感度:1.9μV(IHF) 外形寸法:W391×H133×D381mm(ケース別)

マランツ STL-12 1963年(昭和38年)
SLT-12 リニアトラッキング・プレーヤー ¥159,000(シュアV-15付き)
世界初のリニアトラッキングプレーヤー。
 ステレオレコードの生まれたアメリカで、しかも、アンプで名声を博したマランツが、世界に先駆けてリニアトラッキング・プレーヤーを実用化したのは、むしろ必然であったといえよう。
 レコードの音溝は、モノーラルに比べて格段に複雑となり、当然、問題視されたのが、トラッキングエラーによる歪みであった。レコードの内周、つまり、音楽がクライマックスになるにつれて歪みが増えてくる。これをカッティングヘッドと同様にアームをレコード面に対して垂直移動させることで解決した。ビルトインされたカートリッジは、シュアのトップモデル「V-15」で、後にカートリッジの交換ができる「SLT-12U」が登場した。
外形寸法:W464×H165×D356mm 重量:12.3kg


マランツ Model 18
1968年(昭和43年)
Model 18 レシーバーアンプ ¥358,000
新生マランツによる初のトランジスター・レシーバーアンプ。
 資金難に陥ったソール・B・マランツ氏は、オーディオ界から閉め出される恰好で、自社を映画産業など、手広く事業を展開すスーパースコープ社に売却したのは1965年のこと。その新生マランツのトップを飾ったのが、トランジスター化されたプリの「Model 7T」と、パワーの「Model 15」である。しかし、デュアルモノラル構成の「#15」はともかくとして、「Model 7T」は「Model 7」の評価を超えることが出来なかった、というのが一般の認識だった。
 そこで登場したのが、レシーバーアンプ「Model 18」である。 しかも、レシーバーとしては飛び抜けた価格であったが、スピーカーのドライブ能力は、その対価に十分見合う見事なものであった。実行出力は35W+35W、チューナー部はFM専用。チュニーニングのフィーリングや豊富な諸機能も申し分ない。当時の日本は、レシバーアンプ全盛の時代にあったが、やはりこの「Model 18」を前にしては、国産のどれもこれもが、未だ発展途上の感であった。
実行出力;35W+35W 外形寸法:W457×H152×406mm 重量:18.2kg


マランツ IMPERIAL 9
1973年(昭和48年)
IMPERIAL 9 バスレフ型 3ウェイ 8ユニット スピーカーシステム ¥189,000(1台)
プロダクト・プロデュースはアメリカ、製造は日本の合作モデル。
 マランツブランドで初めてのスピーカーシステムで、「インペリアル」と名付けられたシリーズのトップモデルである。当時、東京銀座にあった、マランツのショールームで聴く機会に恵まれたが、ともかく、オケが、全く危なげなく朗々と鳴る様に驚かされた。さらに、ウレタンフォームによるサランが、これまた斬新でモダンなセンス溢れている。箱は4面仕上げで横位置にもセットできる。
 なお、マランツOEMの期待に応えたのは三菱ダイヤトーン。しかし、音づくりとは摩訶不思議なもので、ダイヤトーン本家のシステムからは、この「IMPERIAL 9」のような朗々と鳴る響きは得られないのである。
使用ユニット:25cmウーファー×2、5cmコーンスコーカー×4、4.5cmコーンツイター×2
再生周波数帯域:30〜20,000Hz インピーダンス:8Ω
外形寸法:W610×H775×D457mm(スピーカースタンド別) 重量:55.8kg


マランツ Model 1250
1975年(昭和50年)
Model 1250 インテグレーテッドアンプ ¥195,000(マホガニーケース標準装備)
スーパースコープのUASマランツから日本マランツへ。その変換期の代表モデル。
 オーディオが一部マニアのものから、ブームの様相をきたした1970年代。マランツブランドを展開するスーパースコープが事業拡大のために、日本に製造拠点を置こう考えたのは至極当然であった。そこで、ビジネスパートナーに選ばれたのが、通信機メーカーのスタンダード工業である。
 そうした変換期のモデルということで、「Model 1250」のプロダクト・プロデュースはアメリカ、製造はスタンダード工業という合作モデルになった。同価格帯の国産アンプと比較すると、スピーカーのドライブ能力において明らかに上をゆく。また、実に豊富な機能を備えながらも、良く練り上げられたマランツ伝統のパネルフェイスによって、眺めても良し、また、操作する楽しみも格別であったといいたい。
実行出力:130W+130W、消費電力:450W 外形寸法:W390×H149×D315mm 重量:18.5kg

マランツ雑感
 先にも触れたように、ソール・B・マランツの氏の起業したマランツ・カンパニーは、高い名声を得たが故に紆余曲折の道を辿ることになった。そこに一つの疑問が立ちはだかる。資金難に陥ったとはいえ、何故、創始者たるマランツ氏が、オーディオ界から閉め出される恰好でスーパースコームに売却したのか、ということである。
 それでも、スパースコープ傘下になったマランツは、これまでの不動の評価を引継いで、マッキントッシュと共にアメリカの高級アンプ市場を二分するポジションを守り続けた。それが次第に体質が変化して普及機にまで手を広げるようになると、市場競争では日本勢の方が有利である。やがて、スーパースコープは窮地に立たされ、’80年、北米以外のマランツの製造販売権と日本マランツの全権利をオランダのフィリップスに売却した。ここに至って、アメリカ・マランツに残されていた伝統は、すっかり影を消したといってもいいだろう。
 ’85年にはフィリップスとソニーの共同開発によってCDが登場し、マランツのコンポーネントもCDの普及需要に支えられて好調を維持したが、’90年には、北米に残されていたマランツの全権利もフィリップスに売却された。こうした時期、日本国内のオーディオ市場は完全に冷え込み、総合家電のオディーオ部門は全てが姿を消し、また、外資による専業各社の再編統合が相次ぐのである。
 勿論、マランツも例外ではない。その後がやたらと、ややこしいのだが、日本マランツがフィリップスから独立して復活。さらに、日本コロムビアから分社化したデノンと統合。またさらに、デノンと共に外資のディーアンドエムホールディングスに吸収統合される、という何とも複雑な過程を経て現在に至った。
 なお、現在のマランツは、新たな多くの支持層を摑んでいるのだろうが、個人的には興味の対象外だ。理由は簡単、アメリカ・マランツへの想いが絶ち切れないからである。


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日本の戦後復興と
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1966〜1970
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