ステレオの産業史|マッキントッシュ
黒船来航以来のカルチャーショックを
昭和の日本にもたらしたマッキントッシュ。
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McINTOSH Mclntosh Laboratory Inc.



マッキントッシュ C-22
1962(昭和37年)
C-22 
コントロールアンプ ¥172,000(1967年当時)
絶妙このうえない「MC-275」とのベストマッチング。
 このプリのスイッチを入れると、淡い光でグリーンの文字が浮かび上がり、そして、セレクターつまみを回すと真紅のボジションライトが移動する。今まで見たことのない世界が、ガラスパネルのフレームの中に展開される。もし、これを見て感動しない輩がいたとしたら、よほどの偏屈か朴念仁であったであろう。ともかく、操作する楽しみをこれほどまでに極めたアンプは、そうざらにあるものではない。また、「MC-275」と組合わせで得られる音も絶妙このうえなく、半導体アンプが主流となる時代の中で、10年余りもの長きに渡り生産が続けられた。

マッキントッシュ MC-275
1962(昭和37年)
MC-275 パワーアンプ ¥274,000(1967年当時)
一分の隙もなく整然と並び立つ名出力管KT88と
漆黒の大型出力トランスからなる絶妙なコンストラクション。


 モノラル時代、アメリカにおいてマッキントッシュの名を一躍高めたのは、1955年に登場の「MC-30/60/70」(型番の数字が出力を示す)のシリーズモデルであった。そして、ステレオ用とし登場したのが、この「MC-275」である。出力はステレオで75W+75W、モノラル接続で150Wというハイパワーは、アメリカでも他に類を見なかった。

 「MC-275」が登場した当時の日本で、その存在を知るものは皆無に等しかったであろう。わが国のアンプ事情といえば、AM2局のステレオ受信ができるレシーバーアンプが主流で、唯一、ラックスのプリメインアンプ「SQ5B」の登場が、玄人筋の間で話題になっていたにすぎない。そもそも、当時の一般的なマニア諸氏は、アメリアやイギリスのオーディオ機器の真価など、ほとんど知る機会がなかったし、また必要とも思っていなかったのである。

 では、このマッキンをわが国で逸早く自家用としたのは誰か、やはり、五味康祐氏であろう。登場した翌年に、これまでのクォードからマッキンに変えている。そして、マッキントッシュの名を広く知らしめ、名声の確立に貢献したのJBL SG520/SE400Sが、 ’67年発行の「ステレオサウンド」誌第3号「内外アンプ65機種総試聴記」である。この試聴記の中で瀬川冬樹氏は、『マキントッシュが満々と水をたたえた湖なら、JBLは水の量では勝てなくても水の透明度において桁違いに良く、湖底の底まで見通せる音だ・・・』私は、マッキントッシュとJBLの両方の良さを兼ね備えたアンプを、ぜひ自分の手で作ってみたい気がする』と結んだ。

 両者のアンプのその後を辿ってみると、マッキントッシュの場合、20年ほどの歳月を経ても、なお、その悠揚たる音の魅力に陰りはない (定期的な球の交換は不可欠)。JBLはそれと対照的である。これは、JBLが劣るとか悪いということではなく、この時期のTRアンプすべてが抱えていた予見不可能な技術的宿命であった。


マッキントッシュ MC-2105
1967(昭和42年)
MC-2105 
パワーアンプ ¥420,000(1967年当時)
「MC-275」に勝るとも劣らない、マッキントッシュ最初の半導体パワーアンプ。
 満を持して登場したアウトプットトランス搭載の半導体アンプ。それに並はずれた大きさのコンデンサー。実行出力は105W+105W。重量も29.48kgと「MC-275」に迫るものであった。なお、当時において最もハイパワーとされた日本ビクターのパワーアンプ「MST-1000」が60W+60Wでビクター MST-1000あったから、その違いがお分かりいただけよう。

 当然、スピーカーのドライブ能力はまさに絶大で、しかも
「C-22」から受継ぐデザインに、パワーメータのブルーの照明が加わって、なんとも美しく、これまでの大同小異なパワ
ーアンプのイメージを大きく変えた。ただ、同時に登場した初の半導体プリの「C-24」は未消化な部分が多く 「C-26」の
登場を待たねばならなかった。

マッキントッシュ雑感

 上に挙げたモデルは、いずれもマッキントッシュの名を不動のものに押し上げた名作。右の年代順による各種モデルは、マ
ッキントシュの設立から、「C-22」と「MC-275」に至る系譜のあらましである。

 その「C-22」と「MC-275」を日本に紹介したのは、前述したように1966年に創刊した季刊「ステレオサウンド」誌の第3号である。内外アンプの比較試聴に臨んだ評論家のリスナー諸氏の驚きと衝撃は大変なものであった。

 その当時、日本にはまだ正規の輸入代理店はなく、ソニーの商事会社が、1961年頃から数年間、サンプル品として輸入していた他、ヤマギワ電気と、大坂日本橋の河口無線は、貿易商社を通して個別に輸入するようになっていた。

 1975年、販売実績を買われたヤマギワ電気と河口無線が正規代理店として名乗りをあげ、一方で並行輸入も増えた。

 しかしその後の構造不況による業界再編のなかで、持株会社傘下のマッキントシュ・ジャパンになるなどの紆余曲折の末、現在はイタリアの持株会社の傘下となり、正規代理店はエレクトリとなっている。

 マッキントッシュ・ラボラトリーの誕生は1949年。オーナ
ーのフランク・H・マッキントシュと、経営パートナーとなるエンジニアのゴードン・J・ガウによって、アメリカ・ニュー
ヨーク州のビンガムトンで創業された。

 ビンガムトンはスコットランドの趣が残る美しい小都市で、マッキントッシュの「Mc」で始まるファミリー・ネームは、スコットランド系であるという。

 創業早々に、6件の特許を取得したトランスと、独自のサーキットによって、同社のレガシーとなるコンセプトは確立された。それは、ロー・ディストーション(低歪み)、エィシェンシィー(能率)、デュラビィリティー(耐久性)からなり、創立から70年が経った今も、同社のポリシーとして厳格に受け継がれている。

 その意味で、孤高のマッキントッシュ・サウンドは、デジタルとアナログが共存する現代においても、何ら臆するところがない。それどころか、日の丸オーディオでは代替できない、完結した魅力があるのではないだろうか・・・。

2019年 4月1日





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